デザインダイアローグコペンハーゲン

デンマークのコペンハーゲンでのデザイン留学を通して考えたこと

デザイン思考の限界と可能性

コペンハーゲンに来られた某先生と話をしていた際に飛び出た話題なのですが、昨今、デザイン思考って世間で過剰評価されているのではないかと思います。世の中を見渡して見渡してみると、猫も杓子もデザイン思考だという感じで、イノベーションに必要なのはデザイン思考だ!デザイン思考さえあればイノベーション創出し放題だ!なんて論調さえ聞こえてくるのですが、デザイン思考はそこまで万能ではありません。

デザイン思考を実際に使うためには、色々と制約もあるはずですが、そのあたりがうまく認識されていない可能性があるのではないかと思います。そこで、デザイン思考の導入を検討する前に、この辺りを認識しておく必要があるよねという点について、私が思いつくあたりでいくつか書いておこうかと思います。

なお、本稿では私が思いついた点を3つ程挙げますが他にも色々と注意点があると思います。こういう点も注意が必要だなど他にありましたら是非教えて頂きたいです。

トピックは自分で決めなければいけない

デザイン思考のプロセスでは、ユーザを観察したりインタビューを行ったりして、ユーザを理解するところから始まります。では、観察したりインタビューするユーザーはどうやって選べば良いのでしょうか?

例えば、台所用の洗剤など、生活消費財などを作っている会社の場合であれば、対象となるユーザー、観察すべきシーンはある程度明確かも知れません。あなたのキッチンを見せて頂けませんか?とお願いすればいいでしょうし、料理をしているところや、片付けをしているところを観察させて頂ければ何らかのヒントが見つかる可能性も高いはずです。

一方で、例えば精密加工技術だとか、映像処理に関する技術、特殊な接着剤など何でも良いのですが、なんらかの技術を持っている場合に、これを活用して何らかのイノベーションを起こしたいと考えている場合。ユーザーを観察するだとかインタビューをすると言ってもどこに集点をあてていいものかを中々判断する事ができません。

これはスタートアップなどでも同じ事が言えます。スタートアップの場合は、参入すべき市場も、独自技術も持ち合わせていない事が多いですから、ユーザー選定に関するヒントはもっと少ないかも知れません。この場合は、自分たちの直感を信じるといいますか、自分たちが興味のある分野を、とりあえずの取っ掛かりとしてユーザ調査を開始して行くことになるのかと思います。

いずれにせよ、デザイン思考では、イノベーションを起こそうとする分野を選定するための方法を提供しているわけではないので、この部分を何らかの方法で決めていく必要があります。

新しい市場を開拓する事には向いていない

デザイン思考は、はじめにユーザーありきでプロセスを進めて行きます。これはつまり、新しい市場へのアプローチには向いていないと言うことであり、既存市場向けのイノベーションが中心になってしまいがちだという事でもあります。

例えば、名著イノベーションジレンマの中には、ディスクドライブ市場の淘汰の歴史が出てきます。その中のひとつのエピソードとして、5インチドライブを作っていた会社の研究所が3.5インチドライブのプロトタイプを開発した際に、5インチドライブのユーザ企業に対してニーズ調査を行ったところ、3.5インチドライブは不要であり、必要なのは大容量、高信頼性など、従来製品の性能向上だという調査結果が出てきて開発が中止されたという話が出てきます。このエピソードの結末は、3.5インチドライブは従来の5インチドライブユーザではなく、もっと小型なコンピュータを作って要る企業から必要されているという事であり、彼らはリサーチ対象を間違えたと言うことなのです。 

イノベーションのジレンマ―技術革新が巨大企業を滅ぼすとき (Harvard business school press)

イノベーションのジレンマ―技術革新が巨大企業を滅ぼすとき (Harvard business school press)

 

イノベーションを創出するためのアプローチとしては(1)ユーザーに製品を合わせて製品を改善する方法と(2)製品に合うマーケットを探す方法があるわけですが、デザイン思考はまさに(1)の方法です。これはつまり、全く新しいマーケットにおいて自社の製品が受け入れられる可能性を探索しなければならないという場面においては他のアプローチを採用する必要がある事を示しています。

開発中の段階からユーザを巻き込む必要がある

デザイン思考のプロセスにおいてはプロトタイピングを非常に重要視しています。開発プロセスにユーザを巻き込んで行く方法については、リーンスタートアップなどでも同様ですので、重要性を改めて強調するまでも無いとは思います。

リーン・スタートアップ

リーン・スタートアップ

  • 作者: エリック・リース,伊藤穣一(MITメディアラボ所長),井口耕二
  • 出版社/メーカー: 日経BP社
  • 発売日: 2012/04/12
  • メディア: 単行本
  • 購入: 24人 クリック: 360回
  • この商品を含むブログ (94件) を見る
 

しかしながらスタートアップなどであれば比較的柔軟に対応出来るとは思いますが、特に大企業においては、ユーザーを開発プロセスに巻き込むって、口で言う以上に難しい事が多いのではないかと思います。

何かトラブルがあってユーザに迷惑をかけてしまった場合にどうするのか?そもそも開発中の製品情報というのは機密中の機密であるはずだが、それを外部に出してしまって大丈夫なのか?何処かから情報が漏れてライバルに真似されてしまうのではないか?などなど、考えればキリがありませんし、特に日本の大企業においてはこれらのハードルをクリアするのは容易ではないのではないかと思います。

もっともこの部分は契約次第でなんとかなる部分でもあると思います。例えば、デザイン思考を含むプロセス自体を外注してしまって、会社の外、言ってみれば長崎の出島のような場所を作ってイノベーションに取り組むなどでしょうか。ジョイントベンチャーを作って云々というの一つの方法かと思います。いずれにしてもデザイン思考に取り組むためには、社内において、どのようなスキームでプロセスを進めて行くかを予め検討しておく必要があるでしょう。

おわりに

以上、デザイン思考に取り組む前に検討しなければならない事項について述べました。

デザイン思考自体は非常にパワフルかつ柔軟性の高いツールですし、製品開発だけでなく、例えば社内の購買プロセスや、リクルーティング活動の刷新、新しいマーケティング手法など、様々な事に応用する事ができます。近年ではデザイン思考について解説している書籍やWebサイトも多くありますので、制約を認識したうえで取り組めばビジネス面において大きな恩恵を享受する事ができるのではないかと思います。