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デザインダイアローグコペンハーゲン

デンマークのコペンハーゲンでのデザイン留学の日々について書いています

グローバルに考えて、ローカルを攻める

こちらで取り組むプロジェクトと日本で経験したプロジェクトの違いは何だろうとよく考えます。ひとつ大きな違いだなと感じるのは、想定ユーザの設定について言えるのではないかと思うのです。

日本におけるありがちな想定ユーザーの設定

例えば、日本で新しい製品だとか、サービスを考える時に想定しがちなユーザは下記のどちらかになります。

  1. 自国(日本)に住んでいる特定の属性を持つ人たちやシーン
  2. 世界に住んでいる良くわからない大多数

1に関しては、例えば東京に住んでる20代のサラリーマンに受けそうな製品はこんなのだとか、そういうことを考えながら企画するわけです。20代のサラリーマンの部分が、40代の主婦になったり、東京じゃなくて地方になったりする場合ももちろんあるわけですが、日本に暮らしている人が同じく日本に暮らして居る人を対象に製品企画を行うわけですから、自分とは違う属性だったとしても、なんとなくイメージ出来るんですよね。

もしくは人をターゲットにするのではなく、シーンをターゲットにする場合もあると思います。例えば、アウトドアのキャンプで使うと便利な製品だとか、結婚式で使用すると便利な製品だとか。いずれにしても、日本国内の情報であればテレビだとか雑誌で様々な情報が日常的に入ってくるわけですし、自分と違う属性の人たちって言うのは、例えば自分の友達にいくらでも居るわけです。なので、こういう人たちはきっとこういう生活をしているだろうとか、こういうシーンではこういう課題があるんじゃないかとか、ある意味でイメージしやすいわけです。

そしてそもそもそういった類の製品企画自体の数が少ない気はするのですが、日本だけをターゲットとしない、最初から世界に打って出ようと言う製品の場合どうなるか。明確に想定ユーザーを設定せずに、こういう人が何となくたくさん居るだろうというイメージで企画を行っているのではと感じて居ます。もしくは、日本で受けそうなプロダクトをそのまま海外でも受けないかを検討したりだとか。

こうした理由として、ひとつは日本人が海外の生活について知らなさ過ぎるという事があるかも知れませんが、そもそも想定ユーザーを絞るのであれば世界に打って出る意味があまり無いのではという意識があるようにも感じます。

グローバルに考えたからといってグローバルに攻めなくても良い

こちらにきて感じることのひとつに、アイディアはグローバルに考えるけれども、攻めるときはローカルにという意識があるように思うのです。つまり、想定ユーザは下記の通りであると言う事ができます。

  1. 世界における特定地域、または特定の属性を持つ人達やシーン

もちろん自分たちがデンマークに住んでいるわけですから、デンマークを対象にしたプロダクトを企画する事もありますが、日本における企画プロセスと比較するとその割合というか優先度合いは明らかに低いと感じます。そして、世界中から機会を探索し、自分たちが解決すべき課題を特定するぞという強い意思を感じます。広い視野を持って自分に有利な地形を探した上で、自分達に勝ち目がありそうな部分に戦力を集中的に投入するランチェスター戦略そのものと言ってしまえばそうかも知れません。

多くの日本人は、グローバルに考えるのならばグローバルに攻めなければという意識があるようにも思うのですが、グローバルに考える目的というのは、自分たちの舞台をより多くの可能性の中から探すためと割りきって良いのではないかと思います。もちろんそのためには常日頃から海外の情報を収集するであるとか、様々な文化を知っておくだとかが必要になるわけですが、それこそが、ここ十年ほどのバズワードでもあるグローバル人材に求められる事のひとつなのかな、と。